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東京地方裁判所 平成9年(ワ)14381号 判決 1998年4月24日

原告

野萩開発株式会社

右代表者代表取締役

野萩光子

右訴訟代理人弁護士

馬場恒雄

右訴訟復代理人弁護士

田中史郎

被告

西京信用金庫

右代表者代表理事

茂木勇

右訴訟代理人弁護士

中川潤

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一九〇万円及びこれに対する平成九年七月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告を債権者とする債権仮差押命令申立事件について、第三債務者であり、陳述催告を受けた被告が、虚偽の陳述をしたため、損害を受けたと主張する原告が、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実

1  原告は、平成七年九月一七日、東京地方裁判所八王子支部に対し、訴外株式会社東京堂(以下、「訴外会社」という。)を債務者、被告を第三債務者として、訴外会社の被告(清瀬支店及びひばりが丘支店)に対する各預金債権について、債権仮差押の申立を行った(東京地方裁判所平成七年(ヨ)第四〇七号、同第四〇八号、各債権仮差押命令申立事件。以下、「本件債権仮差押事件」という。)。

2  本件債権仮差押事件において、被告(清瀬支店)は、平成七年九月二六日付け陳述書をもって、左記の内容の陳述を行った。

(一) 仮差押えに係る債権の存否

ない。

(二) 以下、空白。

3  また、被告(ひばりが丘支店)は、平成七年九月二七日付け陳述書をもって、左記の内容の陳述を行った。

(一) 仮差押えに係る債権の存否

ある。

(二) 仮差押債権の種類及び額

一八八一円。

(三) 弁済の意思の有無 ある。

(四) 弁済する範囲又は弁済しない理由 一八八一円

4  しかし、被告(清瀬支店)は、原告らからの異議の申立を受けたため、平成七年一〇月九日付け「陳述書の訂正について」と題する書面をもって、右2の陳述を訂正し、左記の内容の陳述を行うに至った。

(一) 仮差押えに係る債権の存否

ある。

(二) 仮差押債権の種類及び額

合計六八〇万四七二八円。

(三) 弁済の意思の有無 ある。

(四) 弁済する範囲

右記預金全部。

5  原告は、訴外会社の被告(清瀬支店)に対する預金債権について、東京地方裁判所八王子支部に対し、債権差押及び転付命令の申立を行い、これを得た(東京地方裁判所八王子支部平成七年(ル)第一九九二号、同(ヲ)第一二七二号。以下、「本件債権差押事件」という。)。

6  本件債権差押事件において、被告(清瀬支店)は、平成七年一〇月三〇日付け陳述書をもって、左記の内容の陳述を行った。

(一) 差押えに係る債権の存否

ある。

(二) 差押債権の額

合計六八〇万四七二八円

(三) 弁済の意思の有無 なし。

(四) 弁済する範囲又は弁済しない理由

反対債権あり。債務者加藤徹に対し訴外会社が保証した七億二〇六五万一四五一円の保証債務を有するので相殺する予定である。

7  原告は、本件仮差押事件、本件債権差押事件の各申立及び訴外会社所有の不動産について不動産仮差押命令の申立(東京地方裁判所八王子支部平成七年ヨ第四五五号。以下、「本件不動産仮差押事件」という。)並びに各取下のために、次のとおりの支出をした(甲五〜七。以下、「本件支出」という。)。

(一) 本件債権差押事件の申立費用 合計 三〇万円

(1) 司法書士報酬 二九万円

(2) 印紙税及び郵券 一万円

(二) 本件不動産仮差押命令事件の申立費用 合計一五〇万円

(1) 司法書士報酬 二九万円

(2) 印紙税及び郵券 一万円

(3) 登録免許税 一二〇万円

(三) 取下のための司法書士報酬

合計 一〇万円

三  争点

被告の右3及び4の各陳述(以下、「本件陳述」という。)において、被告が相殺の主張をしなかったことが、民事執行法一四七条二項にいう「故意又は過失により、陳述をしなかったとき、又は不実の陳述をしたとき」に該当し、本件支出がこれに基づく損害と認められるか否か。

1  原告の主張

(一) 被告が、本件陳述をしたことは、被告の訴外会社に対する貸金債権を自働債権して、訴外会社の被告に対する預金債権を受働債権として相殺する意思がないことを表明したことに他ならず、同時に、被告の訴外会社に対する貸金債権が既に弁済等により消滅し、貸金債権が存在しないことを表明したことに他ならない。

(二) 原告は、右のように信じたため、本件債権差押事件及び本件不動産仮差押事件を申し立てたのであって、被告より相殺する旨の陳述がなされていたなら、右各申立はしなかったのであって、原告は、本件陳述により、本件支出を余儀なくされ、これによって、同額の損害を受けた。

2  被告の主張

(一) 本件陳述は、訴外会社の被告に対する債務の有無自体については何ら触れておらず、その時点において、相殺するつもりはない旨答えるものでしかないのであって、原告の主張は失当である。

(二) 更に、本件陳述をしたからといって、被告が、その後の相殺権の行使が制限されるというべき法的根拠はなく、また、そのように処理すべき合理的な理由もないのであって、不法行為云々を論ずべき問題ではない。

第三  争点に対する判断

一  原告は、被告が本件陳述をしたことは、相殺の意思がないことを表明したことに他ならない等と主張する。

二 しかしながら、債権仮差押命令申立事件における第三債務者においては、債務者に対して有する反対債権について、それが相殺適状にあったとしても、相殺を行うか否かの自由を有するというべきであり、また、民事執行法一四七条に基づいて第三債務者がなす陳述は、執行裁判所に対する事実の報告とみるべきであって、第三債務者が被差押債権の存在を認め、支払の意思を表明したとしても、それによって、債務の承認ないし相殺権の放棄という実体上の効力を生ずるものではないというべきであるから、第三債務者としては、陳述催告を受けた際、債権者に対して相殺するか否かについての具体的な陳述をなすべき法的義務を負うとまでいうことはできないと解するのが相当である。

三 したがって、被告が、本件陳述において相殺の主張をしなかったことが、民事執行法一四七条二項にいう「故意又は過失により、陳述をしなかったとき、又は不実の陳述をしたとき」に該当するとはいえないというべきであって、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。

第四  結論

以上によれば、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官横溝邦彦)

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